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札幌高等裁判所函館支部 昭和27年(う)75号 判決 1952年9月15日

控訴人 被告人 富永幸次郎こと李弘基

弁護人 岡田直寛

検察官 後藤範之関与

主文

本件控訴はこれを棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

弁護人岡田直寛の控訴趣意は、末尾に添付した同人提出にかかる控訴趣意書記載のとおりである。

右控訴趣意第一点(理由のくいちがい又は法令適用の誤)について、

関税法第八十三条第三項に所謂追徴決定の標準となるべき「没収スルコト能ハサル物ノ原価」とは犯行当時における時価を指すものであることは同法の趣旨に徴し疑を容れないところであり、その時価は、経済統制下にあつて公定価格のあるものについては、その公定価格を指称するものと解するのが最も妥当であるというべきである。従つて原審が原判示第一、第二の事実において、没収することが出来ない貨物につき迫徴をするに当り没収すべき貨物の犯行当時における公定価格を標準としたのは正当であつて、この点に関し原判決には理由のくいちがい又は法令適用の誤はない。論旨は理由がない。

右控訴趣意第二点(法令適用の誤)について、

関税法において犯罪にかかる貨物を没収し又は没収することが出来ない場合においてその価額を追徴する趣旨は、国家が同法規に違背して輸出又は輸入した貨物又はこれに代る価格が犯人の手に存することを禁止し、以て密貿易の取締を厳重に励行しようとする目的に出たものと解すべく、従つて共犯者がある場合においてこの趣旨を貫くためには、同法第八十三条第三項により算定すべき価格につき共犯者の全部に対して等しく追徴の言渡をなし、その共同連帯の責任においてこれを納付せしむべきものと解するのが至当である、但しかかる場合共犯者全員からそれぞれ独立して追徴の執行をすることにより国家は必要以上の利得をすることとなり、没収の場合に比し甚だしく均衡を失するという所論は、一応傾聴に値するところがないではならないが、かかる不合理を除くために、国家はその執行の面において考慮をめぐらし、たとえば共犯者の一人がその追徴金全額を納付したような場合には、他の共犯者に対する執行をなさざるよう配慮する等の処置を執ればよいのである。従つて本件記録によれば、共犯者魚山秀一に対し、別件において、原判示事実と同一犯行につき、その輸出又は輸入にかかる貨物の原価に相当する金額を追徴する旨の判決が言渡されているのに拘わらず原審が被告人に対し原判示事実につき、再び右貨物の原価に相当する金額の追徴の言渡をなしたのは妥当であるというべく、この点に関し原判決には所論のような法令適用の誤はない、論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項に従い、全部被告人に負担させることとする。

そこで主文のように判決した次第である。

(裁判長判事 原和雄 判事 小坂長四郎 判事 東徹)

弁護人岡田直寛の控訴趣意

控訴趣意第一点 原判決は理由にくいちがいある場合乃至は法令の解釈を誤り之を誤つて適用し判決に影響を及ぼす事明な場合に該当するので破棄されなければならない。

原審は被告人が魚山秀一等と共謀して密貿易を為した事実を認定しその主文の附加刑として被告人から五十九万六千二百六十二円を追徴する旨の判決言渡をなし其の理由中適用法令として関税法第八十三条を援用しているものである。

関税法第八十三条によればその第三項に「前二項の規定に依り没収すべき物の全部は一部を没収すること能わざるときは其の没収すること能はざる物の原価(犯罪行為の用に供したる船舶なるときはその価格)に相当する金額を犯人より追徴す」とあつて、追徴すべき金額の基準は本件の場合鉛筆及生ゴムの原価であるべきである。然るに原判決は罪となる事実は起訴状記載の公訴事実と同一としてあるから公訴事実の記載を見るに、鉛筆及生ゴムの記載の下の括弧内には公定価格を表示しているのである。

即ち原判決はこの公定価格の合算額五十九万六千二百六十二円を追徴したものであるが関税法には明かに船舶以外のものはその物の原価と規定し、これを追徴すべき旨規定している。

原審はこの法令に所謂原価の解釈を誤りこれを公定価格と同一のものとして公定価格五十九万六千二百六十二円を追徴の根拠法令として適用したのである。

抑々関税法第八十三条に於ては原価と価格とを区別して規定してありその価格というのは市価又は公定価格と解釈するにしても原価は明に之と異る趣旨であるといわなければならない。(犯罪時を基準にすることは勿論であるが)

然るに原判決は漫然この原価を公定価格と同一なりと誤解し適用したものであつて原価が何程なりやの審理も尽さずして公定価格を追徴しその理由として原価を追徴すべき法令を援用しているもので理由にくいちがいあり破棄を免れないものと思料する。

控訴趣意第二点 原判決は法令の解釈を誤り之を適用したもので判決に影響あり破棄あるべきものと思料する。

原判決は没収不能の故を以て被告人から物の公定価格全額の追徴をしているが、被告人の外共犯者と分割して追徴すべきものである。没収の場合は数人の共犯者に対して夫々独立して判決確定しても一人の犯人の手中にある場合はその没収で執行は終了し他の犯人につき執行の余地はないが追徴の場合は共犯者全員から夫々独立して追徴の執行を為すこととなり国家は必要以上の利得をなすこととなり甚しく均衡を失することとなる。関税法には「犯人より追徴す」とあるが、その追徴の方法に付ては何等規定してなく犯人の数人ある場合物の原価に相当する様に分割追徴すべきものと思料する、この点に於ても破棄されなければならない。

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